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ソコハカトナク切ない80年代~なぜにアニメで?

ソコハカトナク切ない80年代歌謡を巡る上で絶対に外せないのが太田貴子。クリーミーマミというアニメでヒロインの声優とヒロインの歌う歌とを兼ねたことで知っている方も多いかと思うが、歌謡曲マニア的にはNHK『レッツゴーヤング』サンデーズにいたといえば通りがよいかと(今ググって知った^_^;)。
ついでに歌謡曲マニア的な観点から言えば、このアニメの音楽は馬飼野康二が担当! なかなかに涙腺を突いてくるBGMだったが、なんといっても主題歌。残念ながら馬飼野康二作曲ではないものの、ファンの間でも人気の高い第2ED『LOVEさりげなく』の作曲は織田哲郎。この人、裏の番組『ボトムズ』ではTETSUという名義で主題歌歌ってるし、この時期はアニメ関連の仕事が多かった模様。
 
確かに『LOVEさりげなく』のインパクトは強いのだが、個人的にはTVシリーズ終了後に制作されたOVA『ロング・グッドバイ』の主題歌『ハートのSEASON』がベスト。作詞は恩田久義で、存じていないのだが、楽曲も80年代アイドル歌謡の切ない路線を見事に踏襲したもので、コレといったドラマティックな歌詞内容ではないのに、文字通りソコハカトナイ切なさが炸裂している。
 
それを助長するかのようにアニメの出来自体がソコハカトナク切ないのだ。感動的な別れでラストを飾ったTVシリーズ。再び魔法マミになって、映画をつくる。。。素材としてはいくらでもドラマチックな泣ける作品に出来るところを、敢えて大仰な展開にせず、間接的に刹那的な空気を漂わせている。
 
極々個人的なことだが、映画をつくる話に弱い。それは学園祭前夜の徹夜の世界とでも言うか、妙にハイで、終わってしまえば明日からまた普段どおりの日常が始まることを知りつつ、少しでも時間が経たないことを祈りつつ、大騒ぎに興じる。
 
前にゆうきまさみの『究極超人あ~る』について、ある人が面白くないといっていたが、このマンガなどは、学園祭前夜のテンションそのもので、笑わせるとかそういった類のギャグマンガではなく、コミケノリといわれたように、学園祭前夜のサークル活動的ノリがわからないと面白さは感じられないだろう。
 
映画も完成してしまえばすべてが終り、マミもなにもなく、またいつもの日常が始まる。映画の完成を巡り、マミと同期させ盛り上げることなく、映画制作は淡々と続く。この淡々さ。スタッフが仮眠をとりつつも徹夜の日々、といった風景の連続で描かれる。この行間というかコマ間というか、そこにモラトリアムの終焉を感じてしまうのだ。
 
そう、このアニメとその主題歌に漂うソコハカトナイ切なさは、猶予され、いつかは脱しなければならないモラトリアムの切なさなのかもしれない。
 
このアニメ、TVシリーズの監督をした小林治は監修で、監督は望月智充がしている。全編、望月くささが出ていて、80年代アニメヲタなら郷愁さえ感じる独特の演出。この人が監督したアニメは大仰に感動的な作品はなく、どれもソコハカとない。それと認知していなくとも、ジブリアニメ『海がきこえる』をみていれば納得いただけるかと。
 
望月作品といえば、なにはなくとも『きまぐれオレンジロード』となるが、劇場版『あの日に帰りたい』は、永遠に遅延されると思われた主人公の三角関係にピリオドを打ってしまった。ファンから何からさまざまな波紋を呼んだが、はじまったものは終わらせないといけないわけで、これはもうとにかく切ない。このアニメも、ドラマチックな展開はなく、単に一人の女を切っていくその過程が淡々と描写されている。
 
知らない方はそんな淡々としたアニメが面白いのかと思われるかもしれないが、望月演出に切っても切れない要素、日常の緻密な描写が突出しているので、実写ドラマも顔負けの淡々とした日常で恋愛ドラマも1本の映画にしてしまう。TVでロボットアニメをやっているのはともかく、雑誌『ぴあ』や吉祥寺の駅など、ロケした風景が固有名をぼかすことなくこれでもかと細かく描かれている。こういった表現の積み重ねで、淡々としながらもその行間で語るという演出を可能にしている。
 
これまで止まっている絵を動いているようにみせるために、アニメの演出はとりわけキャラクタの動作がオーバーになりがちだったところを、斯様な演出で微妙な感情を表現した望月演出の評価って滋味だからかあまりされていない気がする(特にOVA『誕生』第1話は代表作にすべき傑作だと思うんだけどなぁ)。
 
まぁそういったヲタな話はともかく、80年代的ソコハカトナイ切なさはバブルのエアポケットとして派生したモラトリアムがその根底にあるのではないかという結論でどうでしょう? それは学生運動の頃から引きづられた概念だとは思うのだが、学生運動にしてもヒッピーにしても発露の先というものがあり、部外者からも見て取れたが、80年代的なそれは、バブルの狂乱の渦中にありながら、表面化しなかった。後に90年代を向かえ「オタク」という形で現出するわけだが、そのときにはもうモラトリアムのような安穏としたものではなく、一種の開き直りにも似た様相を呈し、更に後に「萌え~」とあっけらかんと街を闊歩するようになるのだ。
 
80年代のなんとなく前時代の影を背負う暗さ、煌びやかな表向きの反動としての漠然とした暗さは、やはり名称として「オタク」ではなく「ネクラ」だったのだろう。
 
そう考えると、80年代バブル期の「葉山でシーサイド」的な文化をモロに反映したオレンジロード、モラトリアムの代表として常に語られ続けるめぞん一刻。両作品に実質上のピリオドを打つための映画を監督したのが望月智充であるというのもなんとも呪われた暗号とでもいおうか。。。
 
で、現在のオタクが思いのほかあっけらかんとオタクライフを満喫している感じから、モラトリアム的なテンションはどうにも感じないわけだが、そうすると昨今問題にされがちなニート、あれはモラトリアムとは別のところにあるものなのだろうか。オタクだろうとなかろうと、めぞん一刻的モラトリアムには多くの若者は共感しえたわけだが、現在のアニメにソコハカトナイ切なさがないとするなら、やはり時代の空気として、ニートはモラトリアム的に捉えるべきではないのだろう。
 
ちょっとニートについでながらつっこんでしまったが、ニートをどう捉えていいか、イマイチ感覚的に釈然としていない自分にとって、このソコハカトナイ切なさが一つの契機になったような気がする。今後、機会があったらニートへも接近してみたい。
 
あ~、その前に、この流れから行くと昨今のアニメみないといけないような。。。可能だろうか?(^_^;)

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ソコハカトナク切ない80年代~閑話休題

前回の記事で誤字を発見。立花由佳ではなく橘友賀。確か漢字間違えてるような・・・と思ってググった次第。

 
検索結果を見て誤字であることを認識。「そうそう、こんな漢字だった」なんてみていたら、ある驚愕の事実が発覚!
 
きまぐれオレンジロードのOVAにてエンディング『ときどきBlue』(この歌がソコハカトナク切なかったわけ。作詞は澤地隆。池田政典の迷曲『Never』も澤地氏の作)を歌っていたのが初の認知だと思っていたら実はこの以前に知っていたのだ。
 
はるな友香→橘友賀→Youca→内八重友賀(うちやえゆか)と改名しており、そう、はるな友香こそ、16連射で一世を風靡した高橋名人の妹コンテストで妹に認定されていたその人だったのだ。
 
当時発刊された『高橋名人物語』にも載っていた。
 
なんだか自分の成長と同期して芸能界を彷徨うアイドルと、妙なところでヒョッコリつながっているというのはよくあることだが、で、現在はどうしているかというと、歌手活動を続けているそうだ。
 
ふたりはプリキュア ボーカルアルバム2 VOCAL RAINBOW STORM!! 先ほどググった検索結果の中に、『ふたりはプリキュア』というアニメのヴォーカルCDというのが出てきた。その中には、うちやえゆかのほかに、本名陽子の名も目にすることが出来た。スタジオジブリのアニメ映画『耳をすませば』にて大々的に売り出されたが、その後は時折アニメ関連の仕事を目にする程で、フェードアウトしていったような印象がある。
 
こういうところでアイドル墓場(失礼!)的な発掘があるというのも面白い。他の歌手は知らないが、調べてみると意外な因果関係が見えてくるかもしれない。

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ソコハカトナク切ない80年代~アイドル歌謡編

雑誌『東京人』で、『二十才の微熱』の橋口亮輔が想い出の歌謡曲だったか何かの特集で、浅香唯『Believe Again』を挙げ、周囲から明らかに浮いていたのを先日なぜだかふと思い出した。
 
なんでそんな特集で浅香唯?と誰しも思うだろうし、自分もそう思った。橋口自身も特集や雑誌の性質を考えるべきだろうし、編集も幅広くと思ったかもしれないが、にしても読者層から方向性を考えるべきだったかもしれない。
 
そぐうそぐわないはべつとして、橋口の気持ちはとてもよくわかる。文中、80年代アイドル歌謡に漂う獏とした切なさについて言及していたのだが、自分にとってのそれは浅香唯というより南野陽子『さよならのめまい』だったりする。来生たかお/えつこ姉弟の作詞作曲で、これといって泣かせる楽曲だったり歌詞だったりしないのだが、そこはかとなく切なく、夜、情緒不安定な青年が耳にすると何故か頬を涙が伝ってしまう種類の切なさがあった。
 
特にアイドル歌謡なんぞはその場の刹那的な消費物であるから、時流の楽曲を反映しやすい。その意味では今日の、なにかとジャンルわけしても所詮は歌謡曲であるところのものと大差ない。なのに、あの時代の漠とした切なさは殆ど感じられない。たまたま多感な時期に聞いただけだからだろうか。
 
しかし、趣味が高じて30~40年前の歌謡曲を耳にすることも多いのだが、そういった経験と当時青春時代を送った方の感想と照会しても、どうもあの漠とした切なさとは違った感情を持って迎えられていたようだ。
 
エンターテイメントとして泣けるという要素は最も数字やお金を取れる大事な要素なのだが、いわゆるメッセージ性の強いフォークや、その後ニューミュージックへと向かうフォークあたりが、所謂泣ける歌としてのエンターテイメント性を前面に出してきた。そういった流れの中で、呉田軽穂(荒井由実)や松本隆、大瀧詠一、財津和夫、大村雅朗、竹内まりやあたりがアイドル歌謡への楽曲提供をはじめ、松田聖子の登場あたりからそこはかとない泣ける歌謡曲が出てきたような気がする。
 
その後、所謂80年代型のマネキン的アイドルの終焉と共にこの手の歌謡曲も聞こえなくなってきたが、藤原新也が当時ユーラシア大陸の放浪から帰ってきて、『東京漂流』や『乳の海』で書いたような実在感のない形骸化したアイドル像(まさに偶像としてのミテクレだけの存在)に、なぜそのような歌謡曲が歌われ、そしてヒットしたのか。
 
演歌やムード歌謡のような怨恨を含めた、一人の人間としてのサガを背負った情念の世界ではなく、吉本隆明ではないが当時のバブル前/中とする表層的な価値判断であったり共同幻想的なものが、人間の感情として吐露されるものではなく、状況を描写することで実体のない不在感が悲哀となって現れているのではないだろうか。
 
分析の真偽はともあれ、斉藤由貴にしても森口博子、姫乃樹リカ、はては立花由佳(90年代入ってしまったが、ここまでくると誰が誰だか。。。ついてきてくださ~い)まで、隅々まで切ない系アイドル歌謡は行き渡ったので、いろいろ探してみると面白いかもしれない。この流れは森高も当然踏襲し、アイドル歌謡とは別のベクトルへ本人のポジションに追随して流れていった気がするが、その寸前までならこのジャンルは未だ開拓の余地あるなと。
 
と、ここから切ない系アニメの話へと繋がるのだが、分量も増えたので続きは後編ということで。
 
立花由佳で上手い事つながるな、うん(ニヤリ)

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