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不完全性少女考(1)

不完全性少女考~攻殻機動隊にみる('95.12/30)

1)少女という存在をめぐって


エンドロールで、坂本真綾が声をあてているキャラクタは「少女(草薙)」となっている。何故草薙が括弧付きなのか?……少女の義体、あれは草薙ではないからである。
そのことは少女に対してバトーが確認をしているし、素子と入形遣いの融合の際に、人形遣いは「共生よりも統一された概念だ……融合後互いを認識することは不可能なはずだ」といい、また、素子の「私が私でいられる保証は?」との質問に「その保証は全くない――人は常に変化するものだし」と答えている。
「少女」とだけでは分からないので制作上の都合により「(草薙)」をつけたかどうかは一介の観照者に知る由もないことだが、融合後の義体を少女とすることで作品のミクロコスモス的な存在として位置づけているのではないかと勘繰ることは出来る。ここで少女というものから作品をみてみよう。


・少女の消費
少女とは概念である。少女というと思春期一歩前から思春期の存在をさしていると思われがちだが、それに相当する歳の女の子は、自分が少女であるという自覚はない。そもそも自覚するといった機能を有しているかも怪しい。少女について語られるのは、少女とされるもの以外の人々であり、その多くは少女とされる時期を通過し、その時期を振り返ったとき、または男性の幻想の対象としてでしかない(「少女なるものは中年のおばさんの中にしかいない」「男の夢の中にしか少女はいない」と金井美恵子はいう)。このことからもいえるように、少女とはある時期の女の子の周囲の人間によって付加されたイメージに過ぎない。
このことには「らしさ」という問題がつきまとう。子を生んだ親は、その子が女の子と分かるや否や、社会的な女性として教育する。つまり、その子に「女らしさ」を求める。人形を買い与えたり、髪にリポンを付けさせたりして。
若桑みどりは、こうした女らしさを親はいくつになっても子に求めるから、肉体は大人になっても精神は少女のままなのであり、女性が社会的に自立できないで差別を受けるのは、斯様に教育されるからである、というのであるが、自立できるか出来ないかはともかく、自分が気付けば少女でなくなり(気持ちは少女でも、自分が少女であると思えるだけの若さが自分の肉体にはない。少女というイメージに未発達の若い肉体は必要不可欠である)、少女の器として子供をみているとはいえる。よって少女とは、未成熟な形のおばさんのイメージとなるであろう。また「お嬢ちやん可愛いから一個サーピスだ」といった行為がまかり通るのは、少女のイメージからくる可愛さを女の子が素直に振る舞う(親の教育が見についている)からで、少女でいるとは、大半の行為が許される、特権的な立場にいることでもある。


・付与されたイメージから
当の女の子の方もそう教育されたのであるから、親の想う少女へと自己実現を図ろうとする。その一例として「拒食症anorexia nervosa」があげられる。富島美子の報告に従うと、食べなくなる原因は自分が不格好であると思い込むことが多く、症状がひどくなると、生理がなくなり、飢えを感じなくなる。しかし患者は自分の命よりも太ることを心配するという。拒食症の歴史を辿ると、第一期流行は19世紀ヴィクトリア朝とされている。当時の患者の殆どがイギリス、フランスの中・上流階級出身の思春期の少女だったらしい。ヴィクトリア朝に於て家庭は、男は外で働き、女は家の中で働くことが主張されていた。
また、ヴィクトリア朝は性的な欲望の発現が極端に抑圧されていた時代で、テーブルやピアノの脚を猥褻としてカバーし、愛とか魂とか歯の浮くような文句をいう人々が多かったと、飯沢耕太郎はいう。この時代の少女のイメージは大きく二つに分かれ、一つは、ピューリタン的道徳に律せられるべき、社会の秩序に組み入れられる以前の未分化な存在、もう一つは、汚れなき天使の如き存在、触れ合うことにより魂が浄化される存在としてあった。
数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジスン、我々にはルイス・キャロルという名で知られている彼は、少女に対する執着についても有名だが、実際に、アリス・プレザンス・リデルを含めた女の子たちと仲良く出来たのは、ヴィクトリア時代のそうした社会的公認ゆえであった。彼は女の子の裸体の「未成熟な形」に魅せられていたが、女性関係やらトラウマやらで、少女が唯一の性的衝動のはけ口となった。彼が女の子の写真をとったのは、彼が抱擁したりキスしたりしようとすると女の子は逃げてしまうからであるが、露骨なヌードは遂に撮れず、残されたヌードは時代にかなったおとなしいものだった。しかしそれも、ある中年女の非難を恐れ、1880年に写真を撮るのを止めている。

(続く・・・)

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