« 異能生存の存在証明(2)~装甲騎兵ボトムズ再考 | トップページ | 異能生存の存在証明(4)~装甲騎兵ボトムズ再考 »

異能生存の存在証明(3)~装甲騎兵ボトムズ再考

第1回  │ 第2回



2.神と科学

哲学(というか倫理といったほうがいいな)みたいなところでは、神との関係は近代に至るまでよく知られていることだけど、それと同時に、科学の分野でも神との関係、というより対立があり、寧ろより深刻な問題だったみたいだ。ライプニッツカント をみても、科学(自然科学)との関係性は容易に見出せるし、それ以前に、神を前提としているような世界観では当然とも言えるだろう。宗教的な観念からいえば、超越的な事象はすべて神の御技だから、よくある話、宇宙の果ては? と考えるときでも、そこに哲学的命題も、科学的な証明も同時に神をとりだして考えることができる。というか、いくら考えてもわからない以上、神を持ち出すしかほかに彼らには術が無かったというほうが正確だろうし、それほど神というものが大きな位置を占めていた(これは信仰にあついというだけでなく、だしに利用して私欲に用いるとしても、方法としていちばん都合のいいほどに絶対的だったということ)。
で、ここでは仮に宇宙の果てを考えてみるとしよう。なまじ知恵のついた小学生や中学生がよく抱く疑問だ。ビッグバンによって宇宙が誕生したのだとしたら、その前は何だったのだろう? 宇宙の果てのそのまた向こうは何があるのだろう? 宇宙が生まれ、地球ができ、今自分がいるということは、もしちょっとでもこの歴史に誤差が生じれば、人間は、自分は存在していないんじゃなかろうか? 自分がいないということをどうして考えられるのか、なぜそう仮定して考えられるのだろうか? う~ん、我々はのんべんだらりと生きてきて、いまだこの解答が出せないでいる。で、科学者はせっせと仮説を立てて証明しようとしてたけど、わかんなくなると、神がやったんだってことになっちゃう。
話をボトムズに戻すと、この話の世界観でも神というのは西欧的な意味で用いられている。ATなどのテクノロジーが発達していることからも、「赫奕たる異端」での「すでに信仰などない」「だが権力がある」という言葉を引くまでもなく、科学と宗教は同時に、というか別物として存在する。我々の世界でもこれまで幾度となく人間の超越的存在としてコンピュータが扱われ、人間がコンピュータに未来では支配されるとまでいわれたが、コンピュータ、あるいは科学を神格化するのは、映画やアニメ、小説にもよく題材となる。ボトムズにおける古代文明、ワイズマンがコンピュータであることをかんがえても、以上のような位置でとらえられよう。
神の存在証明を科学的というのであれば、それをアニメで扱うとなれば、ロボットアニメという選択は当然といっていい(当然、科学とテクノロジーを分かつ必要があるが、詳細を述べる文脈はないので、柄谷行人の『批評とポスト・モダン 』を、世界と兵器の意味合いについてはヴィリリオ のテクストを、それぞれ参照されたい)。
科学のロマンティズム(神、理想を追及する、みたいな)を考えると、ペールゼンのPS計画、レッドショルダー、異能生存体と、ボトムズにおける神と科学の関係が明確になろう。
と、ここで、科学史の神への挑戦の歴史を見てみる。それにより、ボトムズの世界観がある命題を背負わされていることが見えてくるだろう。


-ギリシア世界では、太陽、月、惑星(水、金、火、木、土)まで確認され、地球は丸いってことまではわかっていた。が、天動説がとられていた。自然哲学自体はBC600からなされていて、アリストテレス により物質理論が説かれる。
デモクリトスレオキッポス による古代原子論では、物質は不滅とされていた。アリストテレス学派の考えが崩壊し、天文学が始まるのが15~17C。


コペルニクス

かなり敬虔なクリスチャンだったらしい。でも、キリスト教の説く天動説と、ギリシャ古典のアリスタルコス の地動説が全く逆で悩む。当時の宗教界の大スターマルチン・ルターに、聖書を冒涜する大ばか者とされる。それでも地動説にこだわり理論体系を確立するが、これが中途半端で、神の意志の現れである地球を宇宙の中心から外す、まではいいけど、依然として惑星は円を描くとしていた。神のつくった運動は完全だからと、惑星の不規則な運動を知りながらも、いいはっちゃった。


ブルーノ
宇宙はどの点を取っても一様であり、つまり中心はない、という宇宙原理を説いた。星は均等に分布するから、宇宙は無限といったが、森の木を星に例え、遠くにすき間が生じるはずだから無限ではない、というオルバースのパラドックスと矛盾するとされた(これはむちゃくちゃな対立で面白い)。
当時、ライプニッツは無限(神はそんなに了見が狭くない、という理由)、ニュートンは有限(無限なのは神のみ、という理由)といっていた。いずれにせよ、神が強引なまでの理由づけとなっている。今の我々からではただの笑い話だが、要はそういう世界だったのだろう。


ケプラー
すべての惑星は楕円を描く、といったひと。このことによって、キリスト教的宇宙観、地球中心、起動は円という二つの神の意志の現れが放逐される。つまり、宇宙から神が放りだされる。でも、神学を学ぶ彼は、これでは立派な牧師にはなれないと悩んでいたそうだ。


ニュートン
ケプラーの三つの法則と万有引力から新しい力学体系を完成させたが、にもかかわらず、神がまだ必要だった。惑星は皆動いているが、慣性の法則で動いているのしても、では何かが最初の原動力を加えないと動きださない。それを「神の最初の一撃」と呼んだ(彼は、自分の理論の背後に必ず神がいると確信していた)。以後、18Cではデカルト主義者の衰退(=神離れ)から、フランスを中心にニュートン力学を数学的に体系化する流れが始まる。それから、力学の自律性(神なしの力学)が問われ始める。

cf.1 18C末、ナポレオンのもとにラプラス の『天体力学』が献上された。ナポレオンは、この本には神のことが書かれていないと問うたところ、ラプラスは、自分の書物にはそのような仮説は必要ないといったそうだ。
以後、科学の目覚ましい発展により、人間が神になれると信じた人も多く現れるようになる。でもこれは、まだ、神の影響下の世界というものの力も案じさせられる。

cf.2 量子力学科学が人間の近くの及ばない範囲にまで及ぶと、また事情が変わってくる。素粒子の存在する場所は確率でしか言えない、波動関数の確率解釈があらわれる。ミクロの世界ではものがあったりなかったりしてくる。


アインシュタイン
波動関数の確率解釈を否定し、「神はサイコロを振りたまわず」といった。アインシュタインにとっては、宇宙などすべて、秩序をもたらすものがなければならず、それは神でなければならなかった。というのは、一般/特殊相対性理論(豆知識:相対性理論はガリレオ。間違えやすいぞ!)と並び、宇宙原理/宇宙定数(/宇宙項)を説いたが、宇宙定数は静的な宇宙(=常態。変態、つまり動的では解がでない)を前提とした。晩年、宇宙は神の意志によってつくられたから、その神の仕事を解明することが科学に課せられた使命であると確信する。


フリードマン
宇宙原理を、宇宙の構造は時間とともにかわるから、宇宙定数はないという、フリードマンモデルを提出した。


ルメートル
宇宙原理を、必要に応じて宇宙定数があると仮定する、ルメートルモデルを提出した。


ハブル
アメリカ、ウィルソン天文台で観測。ドップラー効果では、音の波長が長い遠くなる。光が(スペクトル)赤くなると光の波長が長くなることから、遠くなる、つまり、宇宙が膨張していることがわかる(観測定宇宙論)。膨張しているということは、膨張する先が未来。逆に縮小が過去であり、始まりが点であることが予測される。


ガモフ
宇宙の始まりを、火の玉のようなものの爆発による膨張、これを火の玉モデルとし、ビッグバンの元の概念となった。火の玉のようなもので元素が合成され、爆発によって宇宙ができるとするが、宇宙に何もないとするなら、火の玉というなにものかがあったことを前提とすることになる。


-ビッグバンの元の元の最初の点は誰がつくったか、神しかいない、という見解がまた出てくる。ゆらぎの概念で説明がつきそうだ、というが、自分は専門ではないので、最近のことはよくわからない。知ってる人、教えてください。


以上、駆け足で自然科学、とりわけ神との関係についてまとめてみたが、こうした神との関係において、三つの、底を同じくする考えが見えてくる。


1)保存……ものをつくれるのは神だけだから、いったんできたものはどう加工しても人間や神の力ではなくすことはできず、形を変えてどこかにあるはず。

2)オプティマルの原理……神は無駄なことをしないから、自然はいちばん経済的な振る舞いをするはず。遠回りをしているようでも必ず、エネルギー消費を最小限にとどめている。ハミルトンがきれいに体系化できたそのおかげとされている。

3)自然発生の否定……すべてに原因があり、自然にいきなり何かが発生することはない。想像は神のみ。病気にしろ、物理的な原因があるからという考えが、西洋医学を進歩させてきた。
こうした考えは、イデア的と言ってもいい。プラトンのイデア論 に関しては、後世に与えた影響ははかりしれず、殊に科学に至っては、そのロマンティズムからも容易にその影響力は伺い知れる。キリスト教の神学を学びながら、ギリシアの古典を読んだコペルニクスに、プラトンとキリストが同居している。多くの科学者に、乱雑な現実に、秩序的なイデアを見出そうとする姿勢は、共通して伺える。


と、ここで、倫理的見地から、宗教と神と科学についてみてみたい。


つづく...

|

« 異能生存の存在証明(2)~装甲騎兵ボトムズ再考 | トップページ | 異能生存の存在証明(4)~装甲騎兵ボトムズ再考 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/173075/6510288

この記事へのトラックバック一覧です: 異能生存の存在証明(3)~装甲騎兵ボトムズ再考:

« 異能生存の存在証明(2)~装甲騎兵ボトムズ再考 | トップページ | 異能生存の存在証明(4)~装甲騎兵ボトムズ再考 »