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ボトムズ論補稿(2)

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佐藤健志をして周到とするあたりでどうかと思うが(『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』という本は、今更置いてないでしょうが、肩書きだけでは内容のよさは判断できないというすばらしい教訓を残してくれます)、なかなかに「ボトムズ」の内容がわかりやすく示されているし、上野俊哉を引き合いに出しているあたり、押井守嫌いだとわかるし、あまり関連付けずに中傷したいだけなのがバレバレで潔い。

ここで、ついでに新作OVA『赫奕たる異端』について粗筋を説明しておこう。


キリコとフィアナがコールドスリープによる眠りに入ってから32年が経過していた。ギルガメスとバララントは再び戦争状態に突入し、いつ果てるとも知れない闘いを繰り返していた。そして、戦争はコールドスリープとその蘇生技術の向上をもたらしていた。

戦争の絶えないアストラギウス銀河において普遍的なものの一つにマーティアルという宗教結社があった。そのマーティアルの宇宙工場群でキリコとフィアナのコールドカプセルが回収され、蘇生が施される。マーティアルでは教会というものが絶対的権力を持ち、現法王の後継者を巡った権力闘争の真っ最中だった。戦争の負の代償として、地位と名誉の血みどろの争いにすっかり教会の信仰は染まっていた。マーティアルの聖地アレギウムを手中に収めんとする後継者候補のモンテウェルズ枢機卿は、その娘テイタニアをネクスタントというPSのような戦闘兵器に改造し、その技術力を以て法王の座を射止めんとアピールする。

折りしも教会世界を滅ぼすと預言されている触れ得ざるものの来訪が囁かれる。キリコこそ触れ得ざるものと認識され、キリコは再び戦火に塗れる事となる。政治的アピールとしてモンテウェルズはテイタニアに対してキリコ抹殺を命じる。

その時キリコは、解凍後行き別れたフィアナを探しに奔走していた。PSの寿命は2年で、解凍されたフィアナは余命幾ばくの状態。延命措置を受けるフィアナと再会を目指すがテイタニアという邪魔が入る。なんとかテイタニアを打ち遣りフィアナに再会するが、瞬間その命が尽きる。

そして再び一人に戻ったキリコは荒野を歩き始める。


キリコについてみてみるとき、彼はOVAで結果的に、ただの人であるとこが暴露された。これは『ボトムズ』という新作の結末で証明されたのではなく、『ボトムズ』という作品が存在した時点ですでに設定されていたことである。

彼は、社会的価値形態の中で誰彼にイメージを、作中で付与されていたに過ぎず(それは異能者であり超人であり触れ得ざるものであるところの)、存在として、意味などはじめからなかったのだ。意味存在という括弧づけからの逃走、それにはルサンチマンも何もない。

作品という中の、設定というレベルで社会と対比してはじめてルサンチマンが成立するわけで、「犬」がルサンチマンを抱えているとすれば、それはこちらがわ、鑑賞者が実社会と照会しているからだ。われわれの視点、人間からの犬の視点のみに対して、作中で「犬」はルサンチマンをいだくのであり、存在として、キャラクタとしての「犬」は、ただそこにいる存在、即ち、キリコ的存在以外の何者でもない。キャラクタというものが、運命なり宿命なり、何らかの意味や意図を背負わされていることへの自己言及的な態度として「犬」があるのに、だ。

しかもこのことに対しては、稲葉何某は富野作品をして、はまってしまった落とし穴(「運命に翻弄される人々」というオハナシ)と、キャラクタの抱くルサンチマン問題への回答を導き出している。

そう、ルサンチマン云々をいうのであれぱ、アムロ=レイや碇シンジという好例がいるではないか。キリコはそうではないといっているのでさておくとしても、都都目紅一、裏演出家の<私>、乾、後藤、諸星あたるまでもが、果たしてルサンチマンを抱く、で終わるようなものなのだろうか。


つづく...

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コメント

※前ブログでついたコメントを転載※

■個人と組織
初めまして。ひょんなことで見つけました。ボトムズなつかしいですね。知人が設定をやってましたね。キリコが普通というのは、おっしゃる通りですが、会社でもそうですけど、有能なのに普通にこだわる社員の処遇って、枠組みを変えないと難しく、それが出来るまで、上司、セカンドベストにとって、扱いづらく、バトルしてしまうのはありがちです。ということで、別の文脈で楽しませていただきました。それでは。
満州里 2006-07-16 18:55:06

■>満州里さま
別の文脈でも楽しんでいただき、とても嬉しいです。
とはいえ、先天的であれ後天的であれ、ちょっとしたデキるヤツから世紀の天才に至るまで、地位や名誉を祭り上げるのは常に本人ではなく周りであって、往々にして、それにあやからんとするコメツキバッタがメンドウを起すんですよね。
まぁマルクスとマルクス主義者の違いでしょうか。。。
今後、更新はのろのろですが続けますので、読んでいってください。では。
sye 2006-07-17 12:48:41

投稿: sye | 2007年5月22日 (火) 13時55分

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