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映画『太陽』雑感~前編

昭和天皇ヒロヒトの人間宣言へと至る3日間をイッセー尾形が演じロシア人監督が映画化するというだけで話題性は十分なのだが、映画の情報を積極的に摂取しなくなって久しい身には、ソクーロフ の新作上映という情報が簡単に舞い込んできたことが単純に嬉しかったりする。
内容的に日本国内での上映が難しいといわれていたようで、そんな中なんとか単館での上映に漕ぎ着けたのだそうだが、センセーショナルな部分での反響だろう、高齢層の観客で映画館は満杯になったという。だからソクーロフがどうこうということは関係のない動きなわけで、のんびりソクーロフの映画がみれると高を括っていたところにこの騒動。おまけに上映館は銀座シネパトスと来ている。地下鉄の騒音と屎尿の臭いで有名なステキ映画館。鑑賞された方のレビューとみると、案の定劣悪な環境への不平不満で満ち満ちていた。ご愁傷様です。
このような状況で他所も黙っていようもなく、続々と上映館が増えていく。その中にチネチッタ川崎があった。銀座を除いた他の映画館よりは近いし、行ったことないし、設備も整っていてキレイだって言うし、京急に乗れるし(結局それか)、ということで、観て来やした。


わざわざ川崎まで、しかもネットで席予約して行って大正解! ちと空調が効き過ぎかなってくらいで、スクリーンも大きく実に快適。映像自体が見ごたえがあるので、これくらいの環境がちょうどいい。
映画の大筋の感想自体は、パンフレットにあった田原総一郎のインタビューと大差ない。つーか、逆によくコンパクトにみどころまとめちゃったなぁという、ある意味パンフレットとして失格なほど的確な文章だった。内容については触れなくもないが、ここは敢えてソクーロフの映画を観たってことを書きたい。

なんてこれまで書いておきながら、ソクーロフの映画は2本目。しかもビデオで『ストーン』。ビデオではそんなに気づかなかったけど、今回初めてスクリーンで見て(だから劇場でみたかったのよ)、その映像の細かいディティールの再現はビデオでは潰れてしまうほど、繊細で中間的な色彩・コントラストであることをここまで認識したことが今までなかった。
ビデオにしろDVDにしろ、映像の持つ雰囲気は伝わっても、映っているもののテクスチャーみたいなもんまで再現することって実はまだ出来ていないんじゃなかろうかと。フィルムで撮ったのかDVなのか知らないけど、そのフィルム的質感は官能的と思えるほど、青を基調とした(場面によって基調となる色が変わる)淡い世界。細かな文様の入り組む伝統的織物のようなコンクリートの複雑な質感が、ヒロヒトの潜む地下壕という空間が、飽く迄豪華ながら、Xデーが迫っている暗澹とした空気を伝え、と同時に逆行するかのように、進退窮まる状況そのものの敗者のカタルシスとも言うべき負の美麗さが同居している。これらは言葉として説明されるのではなく、1カットの画として感得し得るものであるということが大きい。この映画はいわゆる説明というものが殆どない。主人公がヒロヒトであることは侍従らが発する現人神という言葉で説明されるも、もし現人神という言葉を知らなければ、彼がヒロヒトであるということすらわからないだろう。
なんで映画には映像がついているのか。おかしな問いだが、こんな当たり前のことを疑問視してしまうほど、映像は言葉によって補完されすぎている。言葉は別のイマジネーションを刺激する、映像とは同時にあって別次元のものであるからこそ、映像と共に発せられるんじゃないかなぁと思うのだが。。。


つづく

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天皇ヒロヒト――彼は、悲劇に傷ついた、ひとりの人間。 その苦悩 その屈辱 その決意 彼は、あらゆる屈辱を引き受け、 苦々しい治療薬をすべて飲み込むことを選んだのだ。 ... [続きを読む]

受信: 2006年11月20日 (月) 00時10分

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