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押井版『ボトムズ』~その可能性の中心(5)

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そういった、バイオレンスとは違ったレベル(一般的な映画での感動を欲する鑑賞者を裏切るという意味)での残虐性をも持ちえる北野武にあって、夢と現実を真っ向から描こうとしようとしたのが『TAKESHIS'』であって、その意味でこの映画の出現は十分に予測できた。寧ろ遅すぎたぐらいだ。このことに関しては以前ちょっとした文章にまとめたので、そちらを参照いただきたい。
いまこの文章を書いている05年という年は、『TAKESHIS'』とともに「胡蝶の夢」という作品もつくられた。これは『ウルトラマンマックス』というTVシリーズのひとつで、実相寺昭雄が監督した2作の内の一つ。残念ながら、今回のウルトラシリーズで実相寺監督作品があるとは知らず、気づいたときにはもう一作のメトロン星人復活「狙われない街」のみ視聴できたという状態だった。なので多くの方がネット上にあげていたインプレッションのみを以ってしか、来年のDVD発売までその詳細を知りえようはないのだが、『ウルトラマンマックス』の脚本家である主人公と、作品世界の主人公の区別がなくなり、夢から醒めた主人公は夢の中の自分と夢から醒めた自分のどっちが本当の自分か交錯してしまうというものらしい。
『TAKESHIS'』をして劣化押井という評価を下すものもあるようだが、押井作品はそういた判で押したような印象が固まるほど「いつもの押井」という作品ばかりになり、実相寺昭雄然り北野武然り、いまになってもこうした胡蝶の夢的な作品がつくられ続けている。『TAKESHIS'』の前評でもしばし言われていたが、遡ればフェリーニの『81/2』、アンドレイ・タルコフスキー、それこそゴダールやジャパニーズ・ヌーベルバーグと呼ばれた先達など、数々該当する作品があり、映画でなくとも夢野久作『ドグラ・マグラ』、果てはそれこそ「胡蝶の夢」まで、新しいどころか非常に歴史のある、こういってよければ古臭いテーマであるといえる。映画のルールは新たなルールの映画がつくられる毎に更新されるというが、こうした胡蝶の夢なるテーマ性は05年の新しいルールでも、押井作品によってつくられたルールでもない。だのになぜ、今つくられなければならないのか、なぜ未だにそのテーマでなければならないのか。
こうした傾向の作品の数は、確かに多くの映画、それも特定の劇映画がどれも似たような恋愛劇なのだから、それから比べれば遥かに品薄ではあるだろう。品薄であるからこそ、つくられる度に斬新とか理解不能とかいうレッテルを貼られ、と同時に過去の作品と比較され斬新さも批判される。ここから導き出されるのは、新たなルールといったような、映画史というものを俯瞰した、単に歴史的段階において誕生した、もしくは認識されているものではないということだ。人間、一生のうちに観れる映画の数など高が知れているし、映画をまともに観れる期間など、10代後半から60代の、高々50年で映画や創作物の歴史を俯瞰できやしない。その都度持ち込まれる、新奇でもないのにアヴァンギャルドと目されバッシングされる歴史が繰り返されることの、なんと馬鹿馬鹿しいことか。
こうした兆候は、80年代に花開き一気に失速したと思われているポストモダンの動向と似ている。建築用語から派生した言葉で、確かに建築分野では、そのキメラ的な時代や様式を横断した破天荒なデザインはバブルとともに衰退したといっていいかもしれないが、思想としては時流に乗ったタレント的な文化人を除いて(目立つから主流と思われたようだが)、ムーヴメントとは別のところで息づいている。本著ではあまり触れていないが、これまで幾度となくポストモダンを扱ってきたのは、これまでの文脈からも伺えるように、「ある」と思っているものを自らで否定してしまう、「ある」と思っていた先になにもなくそこは元いた場所だった、という自らを内省、つまりどんどん突き詰めていくと、その自らとはなんだかったのか、そんなものはじめからあったのかすらわからなくなり、気づけばそう考えている自らだけが確かなものとして存在していたという元の場所に帰ってくる自己言及性を「胡蝶の夢」的な映画から、映画の可能性そのものとして見出してきたからに他ならない。
ポストモダンの思想家と目された中でも未だ(この表現が既に歴史的段階を意味しているが)活動を続ける人たちは、当時から「ポストモダンは歴史的段階ではない」といい続けていた。時代時代に思想の流行があり、その先端に当時ポストモダンがあったことは確かだが、そこで生まれたポストモダンの言説の内容自体は、別段新しいものではなかった。だって、ポストモダンで扱っている問題は80年代で始めて誕生したものではない。ドゥルーズ=ガタリの引用にした、エディプスコンプレックスの、いわゆる父殺しだってギリシャ神話なわけだし、『ゲーデル・エッシャー・バッハ』のゲーデルの数学基礎論などでも取りざたされる「0(ゼロ)」という概念は、古代エジプト文明やマヤ文明等では、既に0の概念を発達させていたとされているし、インドで最初に数の概念として0を考えだされた年代は未だはっきりしていないほど昔の話で、それこそ、蝶となり百年を花上に遊んだと夢に見て目覚めたが 自分が夢で蝶となったのか、蝶が夢見て今自分になっているのかと疑った「胡蝶の夢」の荘子は紀元前369~286年の人なのだから。ポストモダンという文脈の中で、脱構築や自己言及性を過去のものから見出していくというのは、思想の流行的な潮流ではない、つまり新たに生み出された思想ではないことの表明であり、レッテルのいらないことから、モダンの次というだけの、実体のない、固有名を欲しないポストモダンという言葉になったのだろう。
このポストという言葉が実体のなさよりも歴史的段階という誤解を招き、次の、つまり新しいものとして揶揄の対象になったわけだが、これまで映画で見てきた中身の不在という映画の像という視覚的な外側だけの話と絡めれば、ポストモダンが歴史的段階ではないのと同様に、05年現在、「胡蝶の夢」的なる映画がつくられても、斬新でも、はたまた劣化押井でもないことが理解していただけると思う。ではそうした長い歴史にあって、いつの世も新奇なものとして目されながらも、胡蝶の夢が多く夢見られてきた、その魅力とはいったいなのだろう?

(続く・・・)

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