« ガレージであること前篇~海洋堂マニアックス(3) | トップページ | 海洋堂マニアックス~雑感 »

ガレージであること後編~海洋堂マニアックス(4)

前回の続き
セブンセブンセブン―アンヌ再び…オタク的セクシャリティという面ではこうした女の子フィギュアが出てくる以前からなかったわけではない。ヤマトの森雪やガンダムのマチルダがそういた、今で言う萌え対象として見られていたのは当時のアニメ雑誌を見るまでもないが、潜在的に他のアニメや特撮(アンヌ隊員!)に向けられていた部分はあろうが、そうしたフィギュアの台頭とともに、アニメも魔法少女ものなど、本来のターゲットである小学生女子以外にも向けられていると思えない作画が見受けられるようになり、OVAの登場と共に美少女アニメといったジャンルが形成されるほど多産され、いまでは少子化も手伝ってか完全に小さなオトモダチと大きなオトモダチ両方をターゲットにした作品づくりとなっているように思う。
こうした流れにエヴァンゲリオンという作品が拍車をかけたとみているのだが、エヴァンゲリオンを制作したガイナックスの前身がゼネプロであり、その総帥が岡田だったことはなんという皮肉だろう。ゼネプロは初期においてその宣伝活動、ミニプロにおけるマスプロ的展開としてSF大会DAICONを企画し、ディーラー制でのガレキの販売とともにオープニングアニメーションが制作された。この主人公の女の子に萌え的要素を見出せるかはともかく、セクシャルに女の子が大きくフィーチャーされ、これ以降の流れを象徴するかのような大きな衝撃を与えたことは様々の記録でも明らかだ。

トップをねらえ2! & トップをねらえ! 合体劇場版BOX (初回限定生産) ふしぎの海のナディア DVD-BOX I 王立宇宙軍〜オネアミスの翼〜 このフィルムで女の子と最初に登場するのが宇宙の戦士のパワードスーツというのも今にして思えばこれもまた皮肉な話だが(ちなみにDAICONで販売されたガレキもパワードスーツ)、ゼネプロはこれというヒット商品を生み出すことなく縮小し、DAICONフィルムが事実上ガイナックスとなった形になるわけだが、そのガイナックスが最初に手がけたのが『王立宇宙軍』という萌え要素の欠如したアニメというのは甚だ意外だったろう。その後主だった作品としては『トップをねらえ!』不思議の海のナディア』となるが、トップはセクシャルな面を前面に押し出した作りながら、最後まで見た鑑賞者には萌えアニメとしての印象はないだろう。エヴァンゲリオンに至るまで、個人的嗜好としての萌えはあるにせよ、作品として萌え的なる要素が実質感じ難いというのは、どういうことだろうか。
海底二万里 それは岡田の宇宙趣味に尽きると判断している。岡田の個人的嗜好まで関与しようもないが、多少のセクシャルなアニメ趣味はあったにせよ、それ以上に彼のオタク的要因はSFが大部分を締めているのだろう。彼がガイナックスに在籍中の作品を見れば、ロケットを打ち上げる王立宇宙軍(昔の打ち上げの歴史的フィルムとラストの打ち上げのシーンは必見!)、トップをねらえ!科学講座の宇宙論的薀蓄、そしてSFファンなら手をつけたくて仕方なかったろう『海底2万里』を原作にすること・・・とそのSFオタクっぷりが作品を重厚なものに仕立て、単なるオタクアニメには収まらない幅を与えたその影響力は火を見るより明らかだろう。
自分はどうもエヴァンゲリオンには乗れなかった。要は個人的に面白みを見出せなかったに過ぎないのだが、その要因は岡田の仕事を追うことで見出すことが出来た。セクシャルな女の子は確かに絵的なインパクトはあるが、作品を見るという行為においてはいわばとっかかりでしかなく、SF趣味的作りこみが、鑑賞というレベルでの吸引力足りえたのだ(もちろんこれは個人的趣味であって、岡田的SF趣味より庵野的作品世界の方が吸引力がある方も多いだろう)。

DAICON当時、岡田は今日のようなフィギュアのアキバ的状況を予見し得ようもなかったろうが、現実にはエヴァ以降ともいうべきキャラクタービジネスの在り様が肥大化し、ガレキがマスだのミニだの、そもそもインディペンデントだのと考える暇もなく商業化へと津波のように一気に向かっていった。今ではガレキも塗装済み完成品が当たり前のように並んでいる。チョコエッグの出現から塗装済みのフィギュアのクオリティが劇的に変化し、これなら女の子もフィギュアも塗装済み完成品のガレキ的なものがつくれると乗ってくるのが当然の商業原理というもので、オマケフィギュアの出来の向上がそのまま塗装済み完成品のガレキの大量生産へとフィードバックしてきた。お金を出せば「自分ではつくれない高嶺の花だったフィギュアが入手できる!」から、「塗装済み完成品を買うのが当たり前!」にまでシフトしてしまった。
うまく出来なくても、工具揃えて、手を塗料まみれにしても、自分でつくる、徐々に形になる喜びがあった。それが、好きな女の子キャラのパンツをみるという動機であったとしても、だ。それで上手く出来なければ、そんなバカバカしいことはないのだが、そんなバカバカしいことにお金と時間と情熱を傾けるのがオタクだと自分は信じている。オタク的趣味がSFなどから美少女方向へと体制がシフトして、つくられるアニメが変わり、ガレキの在り様までも変わってしまっただけでも、女の子アニメだけがオタク趣味じゃない向きには噴飯モノなのに、お金を出して買うだけで趣味になってしまうことに、それはそもそも趣味なのかと、ガレージキットのガレージ性が完全に喪失した現実を前にただただ打ちひしがれるだけなのだろうか。
まともにガレキ一つキチンとつくれない輩がいえたことではないが、憧憬を以てその状況を肌身に感じてきた身にとって、あまりにも情けない現実であり、アニメ作品にいたっては骨太の作品に出会えない状況は、そうしたキャラクタビジネス展開でないと商売にならない現実の上になりたっているもので仕方ないと、諦めにも似た感慨を抱かずにいられない。
ただアニメと違い、模型趣味はまだ自分で作って楽しむ趣味の部分が生き残っている。アニメ趣味は基本的に見ることしかできない。だから好みにあった作品を探すしかない。それが現状のビジネス状況では非常に難しい中、『海洋堂マニアックス』を通して今一度、ガレージ的なるものを模型に趣味に見出してみたくなった。

|

« ガレージであること前篇~海洋堂マニアックス(3) | トップページ | 海洋堂マニアックス~雑感 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/173075/5812730

この記事へのトラックバック一覧です: ガレージであること後編~海洋堂マニアックス(4):

« ガレージであること前篇~海洋堂マニアックス(3) | トップページ | 海洋堂マニアックス~雑感 »