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模型部だった日常~海洋堂マニアックス(2)

前回の続き
入部して暫くしてガレキブームが押し寄せる。いわゆるガレージキットである。当時そのモノノフたちはホビージャパンやBクラブを部室に持ち込んでいた。『OUT』でもみかけていたし、当時流行り始めていたアニパロなどのアンソロジーコミックやその周辺文化を発信していた雑誌『アメージングコミック』(写真はコチラからリンク)や『サイバーコミックス』などでゼネプロの広告なんかは目にしていた。
最初は高いプラモデルという認識しかなかったが当時好きだった聖戦士ダンバインOVAに登場するサーバインが欲しくて、マックスファクトリーのソフビキットを買ったのがガレキとの始めての接触だった。

ちょうどその1年前にニューガンダムのデカいプラモデルをつくっていたので、この頃から出渕メカに侵食されていたのだが、実際作り始めてみると、ひとつひとつのパーツ、とりわけサーバインはファンタジー世界の中世の甲冑のような意匠が施されているので、その細かなディティールに感嘆したものだった。しかし実際な細かな塗装に苦戦し、はめ込むパーツは素材がソフトビニールなので熱で柔らかくしてからはめる必要があり、塗装後にはめ込もうとしてパニクったりと、いまからすれば最初にしては非常に難しいキットに取り組んでしまったものだと思う。しかも手荒れというかちょっとした皮膚病を患っており(体質によるもの)、それが自分の模型趣味で悪化していると母親に指摘され水性塗料しか使わせてもらえなかったので、乾くのに時間かかるわ、サーフェイサーかけてもヒビが入るわで、出来上がりは散々なものだった。しかしプラモデルにしたって、キレイにバリとって、隙間はパテ埋めして、しっかり塗装してつくれば、ガレキと同じだけの手間と時間がかかることをしり、模型との関わり方が単なるTVのキャラクタの模倣物を手のひらで弄ぶことから、自分なりの解釈で造形していく愉しみへとシフトしていった。

その頃、埼玉県宮原にあるマニアックなホビーショップとしてしられるイエローサブマリンの支店が最寄駅近くにできた。風俗街の只中にあるというのも奇妙なロケーションだったが、模型部の連中と放課後イエサブに行くのが一時期定例になった。イエサブ以外にも模型誌に広告を出す鈴木模型(通称スズモ)が近場だったなど、かなり恵まれた環境だったと今にして思う。
イエサブは模型店に良くあるゴチャゴチャしたイメージを払拭し、白を基調とした明るい店内だった。そこにこれまでみたことのないガレキ用の細かなパーツや工具が売られていた。当時ミニ四駆がブームになったこともあって、ニッパーやピンバイスなど、小遣いを溜めて安物を最低限そろえるのに必死だった(本当はそのお金でキットが買いたいのだけど)。それで思い出されるのは、ガレキユーザーの必須アイテム、オルファのデザインナイフ。細かな作業に向いた小型の替え刃式ナイフで、模型部の連中はみな携帯していた。ある美術の授業で、彫塑系の造形(要は工作)の際、男子20人程のウチ、5~6人がいっせいに同じオルファのアートナイフを徐に取り出し作業する姿を見て、美術の先生はあきらかに「なんだこいつら」という目をしていた。当時学内はまだヤンキーというものが公然と立ち振る舞っていて、男子学生の凡そ8割はボンタンをはいていた。教師の暴力は日常化し、先輩後輩関係のもつれから来るリンチ騒動も時折起っていた。それが日常だった(高校へ進学するとそれが異常だったとしったと中学時代の同級生はみな口々にいったものだった)。そんななかでガレキなんぞといっている連中は異端だったわけだが、不思議といじめられたりしなかったのは、放課後の活動箇所が駄菓子屋・ゲーセン・河原と一緒で顔見知りが多く、お互い持ちつ持たれつで妙な連帯感がある部分もあったからだろう。それに、ヤンキー崩れにオタクがいたのも大きな要因だろう。未だに忘れられない出来事がある。ある時学校の廊下で掃除をしているとチリチリリーゼント崩れの薄い眉毛の知らない輩がこっちに近づいてきた。一瞬怯んだが向こうは間髪いれずに一言。
ねぇ、ブロッケンのソフビ買わねぇ?
パトレイバーが流行っていた頃で、そいつは自分がパトレイバー好きなことを聞きつけ(またも出渕メカ…)やってきたというのだ。ブロッケンはプラモの出来が良かったしソフビ欲しいほど好きでもなかったので断ったが、それ以後、学内でフツーに話す仲になった。
そんなある日、ワンフェスに行こうという話が持ち上がった。その頃、模型部のPR映画をつくったのが切っ掛けで自主制作映画が面白くなってきたところで、それ以外にも既にコミケ通いがはじまっていたこともあり、ワンフェスグループとは仲は良かったが、映画グループの方との関係が密になり、ディープになっていく周囲の模型趣味とはちょっと距離が出来始めていた。TRPGの仲間に誘われたりと兎に角趣味に忙しい日々が続く中、そんなタイミングで卒業を向かえ、高校では映画と文芸に明け暮れた。

その最中もプラモを作ったりはしていたが、大学に入ると美術系とあって、周りでヲタ系のモデラーはフルスクラッチ作っちゃうようなツワモノ揃い。そんな連中が自分の部屋に遊びに来て自分のつくったもの見られたくないし、こんなにやってるのにとにかく下手ッピだったので、中学生くらいからつくったものを飾るということはしなくなった。ある時人から聞いた話、あの人模型のこという割りにつくったものみたことないけど、知ったかじゃねぇの?・・・と自分のことをそう囁かれるほどだった。部屋には工具やガレキのハコはあるのにね。
見せる云々というのは結果の話で、いいわけではなく、模型というのは造っている時が楽しいのだ。それは、造り込もうと思えば思うほど。だから、社会人になってもその楽しみに浸りたいと思う反面、やりこまないといけないから時間がかかる。その時間は殆どない。やるからには、ある一定の時間、きちんと確保しなければならない。そうやって、ついつい延び延びになって、5年は経つだろうか。最後につくったのはとある戦車。それはいまでもこの世の何処かで唯一、飾られつづけている。


・・・というわけで、こういう道のりを経てきた人間には、現在のフィギュアの状況というものがなんとも理解できないでいる。大量生産される塗装済みフィギュアは、まぁつくる時間がないことへの代替品としてならありうるが、そもそもガレージキットなのか? 次からは、そんなことを、『海洋堂マニアックス』を読んで思い返した、以上の思い出話とリンクさせて、感慨を述べたいと思う。
(つづく・・・)

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