初日には行かない!
『監督・ばんざい!』『大日本人』の公開を明後日に控え、メディア露出も盛んな昨今、あんな記事をUPした手前、なんか書いておかなくちゃなぁという衝動にかられた。というのも、あの記事を書いてからというもの、このブログではこれまでにないほどのアクセス数で、なんかこう、無言の圧力のようなものを感じているのだ。
なんかね、ファンだとかいうと、初日並ぶとか、そういう風に思われがちだし、実際のところ、学生の頃はそういうことをしていたわけで。でも映画だから、いつ見ても一緒だしね。どうせ見るなら空いてる時に確実にいい席確保してみたい。1日でも早く見たいという欲求がなかったかといえば嘘になるが、それよりも昔は初日という名のイベントに参加してる感覚が強かった。なんかそういうの、肉体的にというより、精神的に疲れちゃった。そもそも仕事でいけないし、まぁ学生の特権ということで、いいんじゃないでしょうかと。
で、みる前に情報とか入れない性質なのだけど、大日本人はこっちがアクションおこさなくても情報が向こうから入ってくる。それらによると、どうもお笑いみたいね。自分が抱いていた危惧はどうやら杞憂に終わりそうだが、今朝のめざましTVで松本本人が気になる発言をしていた。
TVでコントをつくれないから映画で
といった主旨だったように記憶している。加えて、映画でやる以上、TVのコントとといっしょだと思われないようなつくりにしたとも。
松本のコントやらない発言は、以前の漫才やらない発言と同様、折に触れ耳にしてきたが、現在のTVでのお笑いに求められているものがコントのような作り上げるお笑いではないという危惧に依拠する発言であるとともに、自らがごっつを復活させたときの反応が大きく響いているように思えてならない。あの特番は非常に良く出来たと個人的にはとても楽しませてもらえ、再レギュラー化を予感させるものだったが、数字は10%ほどと泣かず飛ばずで、松本への批判の声が大きかったと本人が述懐していたように思う。なんでアレを否定するのか、まったくもって理不尽極まりない状況だし、自分の周りのアレをみた多くの人間の声とは相反するものだった。受け手の側の声は視聴率という数字でしか現れず、実際の声としては業界内でしか囁かれないものなのだろうか。
もしそうだとするならば、映画界というよりTV業界側からの評価というのが、松本映画が今後多産されるかの鍵を握っている気がしてならない。コントすらつくれない状況にある世界、これはもしかしたらこれまで危惧していた状況より想像を超えた酷い状況が待っているかもしれない。
北野VS松本という構図が作られているようだが、なにをもって勝ち負けとするのか。これまでの北野映画の興業収益パターンから行くと今回は酷評パターンな気がするので、現状では話題性とダレも未見と言う要素で松本に分があると思うが、ここでも実際に5年10年とひとつの映画を嗜好し続ける受け手の評価ではなく、公開して暫くの間だけの興業成績がもっとも力を持ってしまうのだろう。ひとつの映画が好まれ続ける状況というのは、その数字では出てこないのに、大きなお金の動く世界、やはりそこでみるしかないのだろうか。
映画を文化とあげつらう気はないが、1受け手として、自分の嗜好の仕方があまりにも反映されない状況に歯がゆさを覚えてならない。
ともあれ、2作とも見たら、なんか書くんで。
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