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監督・ばんざい! 雑感【前編】

北野武「監督・ばんざい!」公式ガイドブック※長らく更新せず申し訳ない。
 久々の本来の映画話だからか、気軽に感想を書くつもりがクソ長くなってしまったので分けます。

●以前のネタ:
 『TAKESHIS'』観る前
 『監督・ばんざい!』観る前


TAKESHIS'どうにも観終った後ある感慨が頭をもたげて仕方なかったのだが、後日たまたま手に取った雑誌にそれを裏付ける北野監督自身の言葉が綴られていた。やはり『監督・ばんざい!』は『TAKESHIS'』の延長線上にあったのだった。
パラパラページを繰っただけできちんと文脈を追って読んだわけではないのだが、どうも『TAKESHIS'』路線を3部作と捉えようとしているようで、もう1本監督するつもりがあるようだ。『監督・ばんざい!』の原題はナンチャラ00/31っていったかな。ナンチャラの部分は忘れたが、00の部分はなんか数字が入っていたと思う。31ってのは監督が好きな素数で、生涯で31本取りたいという気持ちがあるらしい。31本というと半分以上残っている状態だが、『監督・ばんざい!』の中で数本とったようなものだから、あと9本とかいってたかな。この3部作が終わったらそれこそ座頭市2みたいなの気楽に取りたいっていっていたが、それはともかく、今作の原題はフェリーニの81/2のモジリだっていうことからも窺えるように、3部作とあってメタフィクション色が強い。もちろんウルトラバラエティと銘打たれているように、基本お笑いなのだが、『TAKESHIS'』が重い感じに正面切ってメタフィクションやったのに対し、今作はバラエティという体裁で実はメタフィクションだったというつくり。
『TAKESHIS'』のように構造的に見た目に入れ子になっているわけではなく、劇中の北野監督が様々の映画を撮る、その思考過程がナレーションによってフォローされ、ストーリーとしては単に悩みながら様々の映画を撮ってみるというわかりやすさがしっかりと柱になっているので、グチャグチャ感はない・・・はずなのだが、最後にSFを撮ることになるあたりから混沌が始まる。劇中で想定される現実レベルでの北野監督は姿を消し、劇中のSF映画がいきなりメイン、主軸として展開する。これまで現実レベルの武の身代わりであったタケシ人形が劇中劇の中に入り込んでくる。気づくとその中に井出博士のロボット実戦映像やらさらに劇中劇がさり気無いながらも仕込まれており、そもそも監督武とタケシ人形との境界も曖昧になっていき、ラストはこれまでの昭和30年代やらホラーやら様々の劇中劇の舞台が登場して、ドカーンと崩壊する、まさにデウスエクスマキナ状態で幕を閉じる(『TAKESHIS'』と比べれば大団円ってことで)。
今作は都合が悪くなると人形になる武ってのが非常にお茶目に描かれていて、彼自身のシャイなキャラクタと相まってそれだけで楽しめる作品なのだが、殴られたり詰問されたりすると人形=作り物になるという、石になる的なお笑い効果に止まらず、もっと重要な役割があるような気がしてならない。オープニングでCRTやレントゲン検査を人形に施すわけだが、オチとしては医者に「今度本人連れてきてください」という、シュールコントと思いきやただ人間ドック受けたくないから人形を身代わりにさせただけというギャグなのだが、この一連の検査の中で人形に穴が開けられ胃カメラを入れるシーンがある。なかなか間抜けなカットで画的に気に入っているのだが、この映画自体を象徴していると思う。つくられた分身の武の内部を覗く・・・それこそが劇中でつくられる劇中劇を覗くこと、つまりこの映画そのものとなっている。
・・・つづく
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